3連休。と言っても土曜日は仕事だったため、実質は2連休(=普通の土日と同じ)。何故か墓参りに行くことになった。場所は静岡県・・・ん? 静岡に行くならば、ついでに・・・家族に頼んで寄り道させてもらった。実質的にはかなり遠回りになるのだが・・・。さすがに連休中ということもあり、7時過ぎに出発したにもかかわらず道路は所々渋滞。2時間半近くかかって到着。


願成就院
念願かなって遂にここに来ることができた。もっと山奥にあるのかと勝手に思っていたが、国道から願成就院の看板のある小道に入るとすぐに見えてきた。
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源頼朝の奥州藤原氏討伐戦勝を祈願するため建立、「国寶旗挙不動尊」とあるが頼朝がここで源氏再興の旗挙(=旗揚げ)をしたようだ。駐車スペースの前方は史跡になってるので、以前の境内はもっと広かったのかも。門の左側には"「草燃える」ゆかりを訪ねる旅"の古~い看板。
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門を潜ると左側には石塔や六地蔵。右側には弘法大師像と寺の縁起。
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境内。
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正面は新御堂。ここに・・・ある筈。
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9時を過ぎていたがお堂が開いておらず、自分より先に来ていた方が庫裏のほうへ声をかけに行ってるところだった。暫くして扉が開き、拝観料を払っていよいよ中へ。
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<願成就院ポストカードより>
運慶・作の5躯!正面の阿弥陀如来を中心に左側に不動明王と二童子、右側に毘沙門天。お寺の方の説明では、当初は阿弥陀如来の脇侍(観音・勢至菩薩)2躯があり、阿弥陀如来の眼も玉眼だったそうだ。奈良・円成寺の大日如来から10年後に作られ、運慶仏としては二番目に古いとの事。神奈川県の浄楽寺にもこれと似たラインナップの運慶仏があるが、作りや印象はやや異なる。 <以下、浄楽寺ポストカードより。[浄]浄楽寺、[願]願成就院と記す>
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●阿弥陀如来
[願] 色が残ってない。説法印を結ぶ(手先は欠損)。台座・光背なし。当初玉眼入り
[浄] 金箔が残る。来迎印を結ぶ。 台座・光背あり(後補かも)。玉眼なし
●不動明王
[願] 正面左手配置。正眼(?)。羂索を中程で持つ。脇侍(二童子)がいる
[浄] 正面右手配置。天地眼。羂索を下方で持つ。
●毘沙門天
[願] 正面右手配置。三叉戟を持つ手を中程に掲げ仁王立ちで静的。邪鬼を踏む。
[浄] 正面左手配置。三叉戟を持つ手を高く掲げ片足を上げて動的。邪鬼はいない。

仏像を見る目線も異なる。浄楽寺では床の高さに置いてあるので不動&毘沙門はやや下目線になるのに対して、願成就院は高壇に置いてあるため下から仰ぎ見る感じで迫力があるし、眼力も感じられる。阿弥陀・不動・毘沙門それぞれ比較すると、全体的に願成就院像のほうが逞しい体つきだ。阿弥陀如来の顔は願成就院のほうが好みだが、玉眼入ってた頃は奈良・興福寺南円堂の弥勒如来のような顔つきだったのかもしれない。見てみたかったなぁ。画像で見た時は浄楽寺像のほうが好みであったが、実際に双方を見比べてみると明らかに願成就院像のほうが洗練されていて迫力がある。そして何より、不動の脇侍である二童子(制咤迦童子と矜羯羅童子)は動と静のコントラストが良く、表情も超・個性的で秀逸!013柴門ふみが『ぶつぞう入門』で矜羯羅のことを浅田真央似と書いてたが、う~ん、どことなくダネ。何と言っても制咤迦の生意気ぶりがイイんだ。来て良かった!

更に奥へ進み、裏手にある宝物館へ。運慶作の証明となった胎内銘札には確かに「巧師勾当運慶」とある。その他、両界曼荼羅や涅槃図などが展示されてた。中央の2つ厨子は左側がややデフォルメ調の北条時政像、右側が時政の娘・北条政子の七回忌に奉納された地蔵菩薩。眼がキリッとしてて慶派っぽい雰囲気。左足が前に投げ出されてるのは風変わり。

外に出て境内を散策。裏の山には個性的な石仏群が沢山。
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015萱葺き屋根の本堂(庫裏?)は風情がある。こちらにも仏像があるようだったが、ガラス越しに反射して中がよく見えず確認できなかった。この後しばし、日陰で涼んでいく。なんとも雰囲気のいいお寺だ。お寺の方と少しお話をした際に、「かんなみ」に素晴らしい「薬師」さんがあって土日だけ公開してる、沢山仏像があるらしい、と教えてくださった。お寺の名前まではわからないとの事。急遽予定を変更して「かんなみ」「薬師」をキーワードに次なる場所の捜索を開始! カーナビで「かんなみ」と入力すると「函南」「函南駅」などが表示された。願成就院からは10km少し先なので30分ほど。函南に入ってから再びカーナビの自車周辺検索で神社・仏閣の一覧を表示して上から一つずつ情報を見ていく。土地柄か北条氏・源氏にゆかりの寺が多い。その中で長源寺:「実慶作の阿弥陀三尊像は重要文化財に指定・・・」とある。薬師如来ではないが、「慶」がついて重文であれば見ておくべきだろう、ということで長源寺へ向かう。カーナビって便利ね。長源寺のある辺りに到着すると「桑原薬師堂」の看板が見えた。恐らくこれだろう・・・薬師如来もいそうだし。


桑原薬師堂(長源寺)
仏像拝観の際に教えてもらったのだが、薬師堂自体は長源寺の寺領内にあるが、管理は函南町で実施しているとのこと。
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寺の境内にに入ると右手に更に上へ行く道があり、お堂の屋根が見える。立て看板には阿弥陀三尊・薬師の他に20躯、と書いてある。教えて頂いた場所がここであることを確信。では早速・・・
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薬師堂に到着。堂内に入り受付で名前を書いて拝観開始。ちなみに無料で拝観できる。
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メモ帳を持参しなかったのでレイアウトはうろ覚えだが、概ね以下のような感じだったと思う。
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堂内の左側は重文の阿弥陀三尊と両脇の厨子に観音・地蔵菩薩。阿弥陀三尊は内部に「大仏師実慶」の銘があることから慶派仏師・実慶の作とみられる。・・・って実慶って誰?詳細はわからないが、運慶に近い人物のようだ。両脇侍は衣の部分の色が異なるタイプ・・・鎌倉にある仏像でこんな感じなのがあったと思うが、どうもあまり好きになれない。元々どれもこういう配色だったと言われてしまえばそれまでだが、何となく洗練されてない印象を持ってしまう。やはり奈良仏像主体の自分にはこの両菩薩の作風はイマイチ。実慶の阿弥陀如来も目つきは慶派っぽいが、どことなく垢抜けてない気がする・・・何でだろう?(先ほど見た運慶・阿弥陀如来と無意識に比較してるからかも)
<桑原薬師堂のパンフレットより>
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続いて堂内右側。本尊を取り囲むように十二神将が配置されてる。このうち3駆(4駆だったかも)は修復に出されてる模様。中尊厨子の左側には毘沙門天。画像では左腕が欠損しているが実物は修復されていた。その他、中尊の周囲は不動明王・弘法大師・万巻上人・脇侍などが配置されてたのだが、あまり思い出せない・・・というより、あまりきちんと見てなかったかもしれない。
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024それもその筈。中央厨子に鎮座する薬師如来だけ明らかに作風が違うのだ。受付にいた方が平安時代のものと言われてると説明してくれた。以前は秘仏で60年に一度しか開扉されなかったらしいが、3年ほど前から土日限定で公開されるようになったとの事。仏像好きの方がたまに来て、何で国の文化財に登録されないんだろうと言われていくそうだ。そう言いたくなるような堂々たる体躯。素朴な地方仏とは明らかに一線を画している。言い方が失礼だが、実慶・作の阿弥陀如来がどことなく頼りなくみえてくるほどの存在感。

この後、堂内でお茶をご馳走になりながら、受付の方と少しお話をした。非常にリラックスできる場所で、土日に1日中眺めに来る常連もいるとの事。寝転がっててもOK。受付の方がオルガンで演奏したり(教会みたいだけど)自由な雰囲気。何とも言えずいい所であった。ここを教えて下さった願成就院の方に感謝しなくては。裏山は三十三観音の石仏があり、パワースポットと呼ばれてるらしい。せっかくなのでグルッと1周してみる(5~10分ほどで周れる)。
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まったく予定してなかったのだが、超・充実した探仏デーとなった。このあとの墓参りのほうがなんだかついでになった感じ。しかし、車での探仏は楽だけど、渋滞がしんどい。帰路は往路の1.5倍ほどかかってしまった。ま、成果が沢山あったんで結果オーライ。